Open and Reproducible Science Advent Calendar 2019の19日目の記事です。
筆者は教科教育学(特に,理科教育学)を専門としている研究者です。
教科教育学とは,学校における教科教育実践を中心に,それに関わる諸事象を対象として研究する学問です(池野,2015,p.99)。教育学分野における再現性の全般的な話については,すでにDaiki Nakamuraさんがこちらにまとめてくださっているので,私は教科教育学の特徴の1つである「教科教育実践」に焦点を当て,日本の教科教育系の学会で今後求められることについて書きたいと思います。このため,Open and Reproducible Science Advent Calendar 2019で中心に取り扱われている心理学の話というよりも,教育学的要素が強めの記事となっております。なにとぞご了承ください。
さて,教科教育学には教育実践,すなわち授業実践の効果を検証する分野があります。(関連領域である教育方法学では「開発的アプローチ」と呼ばれています(藤原,2014,p.90))。この分野では,学校の教科の授業(たとえば,小学校の理科の授業など)に介入し,授業実践が子供の資質・能力にどのように寄与したのかを探ります。
教科「理科」を例にとると,たとえば,先行研究のレビューから「条件を制御する力の育成を志向した理科の指導法が必要だ!」という課題が導き出されたとします。この場合,まず,先行研究をもとに,「条件を制御する力」を規定し,「条件を制御する力」の評価方法を検討し,「条件を制御する力」の育成を志向した指導法を考案します。そして,検討した評価方法をもとに,授業実践前,授業実践中,授業実践後のデータを収集し,量的・質的な分析を行い,考案した指導法の効果を検証します。
おおよそこのような流れで考案した指導法の効果を検証していくのですが,「Companion Guidelines on Replication & Reproducibility in Education Research (教育研究における再生可能性と再現可能性の共通ガイドライン ※訳はDaiki Nakamuraさんより)」をふまえるならば,今後,授業実践の研究は具体的にどのように積み重ねていけばよいでしょうか。
研究における注意事項は上述したガイドラインに示されているので,今回は研究そのものというより,日本の教科教育系の学会に求められることという視点から,簡単ではありますが提案をしたいと思います。
教科教育系の学会誌で追試研究の募集を検討していくこと
少なくとも日本の教科教育系の学会誌では,追試は推奨されておらず,重要視もされていません(個人の感想です)。なぜこうなっているのかについては,おそらく心理学界隈の諸般の事情とよく似ていると思います。心理学界隈での先駆的な試みとして,たとえば,『パーソナリティ研究』では,「追試研究」「事前登録研究」「事前登録追試研究」の募集を開始しています(加藤,2018)。教科教育特有の文脈を加味する必要はあると思いますが,議論の俎上に載せ,積極的に検討していく必要があると思います。
この「追試研究」に関してですが,教科教育系の学会の特徴の1つとして,学校現場で働く教員が存在していることが挙げられます。こうした研究に関心を持つ学校教員は,学会誌に掲載されている授業実践の論文を読み,授業改善の取り組みの一環として,指導法の追試やそれに準ずる指導を行っている可能性があります。学会誌で追試研究の募集を開始した後の話にはなりますが,研究に関心を持つ学校教員に働きかけて,授業実践の論文の追試をしてもらい,追試研究枠で投稿してもらうことができれば,授業実践を積み重ねていくことができるかもしれません。ただ,学校教員も普段の業務で多忙だと思うので,学校教員の研究を支援する仕組みや制度なども合わせて検討していく必要があると思います。
また,「事前登録研究」に使えそうなサービスとしては,教育学分野のプレプリントサービス「EdArXiv」があります。 念願の教育学分野のプレプリントサーバが最近誕生しました。
紹介記事→教育学分野のプレプリントサービス“EdArXiv”が公開
EdArXivのリンク → EdArXiv
このサービスを使えば,プレレジ的なことを「自主的に」やることは可能だと思います。ただ,具体的な使い方についてはよくわかっていないので,使ったことがある人がいればぜひ教えて下さい。
学会主導で研究方法論に関するワークショップを企画すること
池野(2014)によれば,教育学研究において研究方法論が問題にされることはほとんどなかったようです。さらに,「一人ひとりの研究における目的,内容,方法の個々の自覚はたしかにある。しかし,その方法論的反省,教育研究全体における自らあるいは自集団の研究方法論上の自覚は高くない。低いといってもよいだろう」(池野,2014,p.52)とあるように,方法論的反省の自覚の低さが教育学研究者の課題としてあります。このため,再現性の危機が近接領域で叫ばれている今こそ,学会主導でワークショップなどの企画を実施し,動き出す必要があるかと思います。また,再現性の危機に限らず,そのほかの方法論についても批判的検討を促し,研究方法論についての関心を高めていく必要があると思います。私自身にできることがあるとするならば,学会で研究方法論に関する「課題研究」を組むことでしょうか。可能な範囲でがんばりたいと思います。
まとめ
以上,非常に簡単ではありますが,授業実践に関する研究を積み重ねていくための提案(というか思いつき)として,「追試研究の募集を検討していくこと」と「研究方法論のワークショップを企画すること」を示しました。(簡単にできるものではないと思いますが。。。)
教科教育の授業実践の研究においては,学校の教員の協力・協同が不可欠です。
学校の教員と協同してよりよい教育研究が実現できるような仕組みを今後も検討するとともに,自分でできることを実践していきたいと思います。(まずは学会で「課題研究」を組むことでしょうか。あとはプレレジ関係の情報収集とか。)
以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。
引用・参考文献
藤原顕(2014)「開発的アプローチ」日本教育方法学会編『教育方法学研究ハンドブック』学文社.
池野範男(2014)「教育研究の類型と特質」日本教育方法学会編『教育方法学研究ハンドブック』学文社.
池野範男(2015)「教科教育に関わる学問とはどのようなものか」日本教科教育学会編『今なぜ、教科教育なのか 教科の本質を踏まえた授業づくり』文溪堂.
加藤司(2018)「『パーソナリティ研究』の新たな挑戦―追試研究と事前登録研究の掲載について」『パーソナリティ研究』27(2), 99-124.
Nakamura, D.(2019)「教育学分野における再現性の話」(https://note.com/rikaedu/n/n9127f96b0436#CQAHj)(2019年12月18日閲覧).
シャベルソン, R.J.&タウン, L. 編,齊藤智樹 訳(2019)『科学的な教育研究をデザインする 証拠に基づく政策立案(EBPM)に向けて』北大路書房.